誰も不思議に思わないけど、町の有名人です

 「なんとなくの数学日記」の4回目です。

リアルなゴジラ?

 リアリティに固執しすぎると話の躍動感がなくなってしまいます。いえ、世間には徹底したリアリティで読者をうならせるプロの作家さんたちが大勢おられます。

 たとえばSFなどで、ある特異な状況、つまり1つか2つの「ウソ」を設定し、それ以外の部分はなるべく現実に即した話を展開するというスタイルがリアル指向であり、現代ではむしろそうした作品が主流になりつつあります。

 庵野英明監督の映画『シンゴジラ』を例にとると、「ゴジラという怪獣」は明らかに「ウソ」なんですけれども、「もしそのゴジラが出現したら政府や官僚組織、自衛隊はどのような対応をとるだろうか」という部分で徹底してリアリティを追及し、とても重厚な作品に仕上げているわけです。

 ただ、このような作品を完成させるためには並外れた才能と知識量が必要であり、およそ素人に手が出せるようなスタイルではありません。少なくとも私の力量では到底不可能なことですから、色々なところに小細工してしまうわけです。

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誰も不思議に思わない?

 現実にもし街中でこばとちゃんがふわふわ飛んでいたりしたら、それはもう大騒動になってしまうはずです。そこにいる誰もが謎の飛行生物を指差して「あれは何だ!」と口々に叫び、こぞってスマホで写真をとり、マスコミが殺到してくることでしょう。「捕まえてやろう」という不届きな人も現れるでしょう。そういう意味では、こばとちゃんの存在は「ゴジラ」と同じなのです。

 しかし私が書きたいのはそのような「パニック作品」ではなく、こばとちゃんが普通に周囲の人々と交流しながら生活を営む作品です。こばとちゃんが外出するたびに「あれはいったい何だ!」といちいち騒がれては困るのです。なので こばとちゃんを見ても誰も何の不思議にも思わない という、とんでもなく大がかりな「ウソ」を設定しているわけです。

 たとえば、こばとちゃんがジュンク堂でエスカレーターの手すりに乗っていたりすると、店員さんは「危ないので手すりには乗らないでください」というような話し方で注意します。工学生命体という存在には一切の疑問を抱かず、その行為のみを咎めているわけですね。
 

町の有名人?

 とはいえ、世間はこばとちゃんにまったくの無関心というわけでもなく、こばとちゃんは地元の人からはちょっとした「町の有名人」ぐらいには思われています。だから口伝えに色々な噂が広まって、
「こばとちゃんって、言葉から生まれた AI なんだって」
「こばとちゃんは、江戸時代から生きてるんだって」
というようなおかしな誤解や都市伝説が生まれていたりします。実際には、こばとちゃんは言葉から生まれたわけでもないし(卵から生まれています)、江戸時代ではなく平安時代から生きている工学生命体です。こばとちゃんと個人的に親しくない人たちには、正確な情報など伝わりようがありませんから、話に尾ひれがついて、ずいぶんと曖昧な人物像になってしまうのです。これは私なりの、ちょっとしたリアリティのスパイス(?)だったりします。

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