2030 年の自由研究で量子テレポーテーション!

 今回は前回に説明したエンタングルメント(量子のもつれ)を応用した未来の技術 量子テレポーテーション についてお話です。あまり短い文章に情報を詰め込むとかえって混乱してしまうような気もするので、ちょっと SF 短編小説風にしてみました。

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夏夜ちゃんの自由研究

 2030 年東京。
「この箱の中に小さい物が閉じ込められているのー?」
 稲見夏夜(いなみ なつよ)は小さな金属製の箱を手に持って眺めていた。
 箱の上面についているモニターには、中の状態を模擬的にアニメ化したグラフィックスが映し出されている。
「そうですよー。完全な真空に粒子がたった1つです。外からの影響を完全に遮断されているのです」
 夏夜の肩に載っている小さな生き物が楽しそうに答える。
 しかし、モニターに映っている疑似グラフィックスは粒子といっても、ある1点を中心にぼんやりと雲のように広がる、とらえどころのないような姿に描かれていた。手で触れても、ふんわりと通りぬけてしまいそうだ。
「ふーん」
 夏夜は不思議そうに画面を見つめている。中学生の夏夜は、総合科学の夏季課題を何にするか決めかねていた。もともとあまり理科が得意ではないので、これから何をしようとしているのかさえ、自分でもよくわかっていなかった。
「中学生の自由研究としては立派なものですよ。まあ、市販の子供用研究キットだから誰にでもできますけどね。でもせっかく家族で海外に行くのですから、旅行ついでに自由研究も終わらせちゃうという、実に一石二鳥なアイデアなのです!」
 小さな生き物は背中の羽根を嬉しそうにぱたぱた動かしながら答えた。
「こばとちゃんの箱にも "りゅうし" が入っているのー?」
 夏夜は自分の左肩を見ながら尋ねる。
「そうなのです。そっちの箱の粒子とエンタングルさせてあって ...... 」
「え、えん? 何て言ったのー?」
「何度も説明したでしょ! 量子のもつれ! この言葉を口に出すたびに毎回同じことを訊かないでくださいなー!」
「何かねー、何度聞いてもねー、初めて聞いたような気がするんだよねー」
「 ...... 夏夜ちゃんは、どこからどこまでも小春ちゃんそっくりですよ」
「あー、小さい頃からよく言われるねー。小春叔母ちゃんにそっくりだってー。お母さんもねー、そう言ってよく溜息ついてるよ」
「溜息つきたいのは、こばとも同じですよ。とにかく夏夜ちゃんはその箱を失くさないようにイタリアまでちゃんと持って行って、こばとの送信を受け取ったら着信音が鳴るので、モニターのタッチパネルを押すだけです。あとは機械が勝手に操作してくれます。簡単でしょ。アサガオの観察に比べたって 10 倍は簡単ですよ!」
「ちょー自信ないけどねー」
「 ...... こばと、仕事があるから、もう行きますよ」

 かくして稲見夏夜は母親の結月と父親の雅人と共にイタリアのローマへ向けて旅立って行った。そして約束の時間になると、小さな工学生命体は、机に置いてある自分の箱の前に着地して、

 "新しい粒子「テレポーたん」をエンタングルさせる"

と書かれたパネルを押した。すると隅に仕切られていた小部屋の中から別の小さな粒子「テレポータン」が飛び出してきて、元の粒子「まちこさん」に近づいてゆく姿がモニターに映し出された。もちろん、モニターに映っているのは、あくまで模擬的にアニメ化されたもので、2つの雲が合わさって別の形の雲に変わる様子が描き出されていた。
「こちらで待っているからまちこさん? これからテレポートするからテレポーたん? まったくひどいネーミングセンスですねー」
 こばとちゃんは「はあ」と大きな溜息をついた。時を同じくして、ローマのホテルに滞在中の夏夜の箱の着信音が鳴り、モニターにはこちらの箱に入っている粒子の「かわりみくん」も、エンタングルしている「まちこさん」の影響を受けて、別の形の雲へ姿を変えていた。
「ありゃー。かわりみくんが、どうかしちゃったよー」
 夏夜ちゃんは間延びした口調で言いながら、ぼんやり箱を眺めていた。

 それから東京にいるこばとちゃんは

 "2つの粒子を同時になんとなく見つめる"

というパネルを押した。すると2つの合わさった雲が目まぐるしくルーレットのようにぐるぐると4種類に形を変え(それぞれ A, B, C, D という文字が添えられている)、あるところで止まって

 "状態は C に決まりました"

というメッセージが表示された。不思議なことにこの瞬間に「まちこさん」と「テレポーたん」は、どちらがどちらだか完全に見分けがつかなくなってしまっていた。同時にその結果がローマにいる夏夜の箱に自動送信された。
「わあ。来た来た、ええと、C が来たから C のパネルを押すんだよねー」
 誰でもわかるようなことをつぶやきながら「 C 」を押すと、箱の装置が自動的に粒子を操作して、モニターに映っていた「かわりみくん」の姿は突然東京にいたはずの「テレポーたん」に替わってしまった!
「わあ! 何これー、バグってるよー。さいあくー」
 夏夜ちゃんは混乱してそう叫んだが、もちろんバグっているわけではなく、実験は成功したのである。

<おしまい>
 

もう少し真面目な話をします

 ええと、あまり上手く伝えられたか自信はないですけど、要点をまとめると、

[1] 東京に置いてある箱から、ローマの箱まで普通の送信が使われています。つまり量子テレポーテーションといっても伝達速度は普通の通信速度を超えられないのです。

[2] なんとなく見た(弱測定した)情報だけが普通の通信で送られて、「テレポーたん」に関する残りの情報はエンタングルによって時間 0 で伝わっています。ただし、これはひとつの情報を分割しているので、両方を揃えないと意味がありません。もう少し正確にいうと、分割されてしまったものは情報というより「情報の欠片」のようなものです。なので、やっぱり伝達速度は普通の通信速度を超えられません。

[3]「まちこさん」と「テレポーたん」が見分けがつかなくなるとは、東京の「テレポーたん」の情報は完全に失われてしまったことを意味します。なので「テレポーたん」のクローンを作ることはできません。

 

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